徳川将軍って何をしたの?流れをつかんで覚えよう!家康〜家光編

徳川将軍って何をしたの?流れをつかんで覚えよう!家康〜家光編

大出世!徳川家康

初代将軍の徳川家康ですが、実は小さい頃から今川家で人質生活を送っていた苦労人です。因みに豊臣秀吉の家臣でした。苦労しましたが、豊臣秀吉の死後は関が原の戦いで石田三成勝って天下を取りました。人質から征夷大将軍への大出世です!260年以上もの歴史を持つ江戸幕府は、ここから始まりました。
将軍の座についた後、家康は関が原の戦いの前から味方でいてくれた大名は、譜代大として重役につけました。逆に関が原の戦い以降に味方になった大名は外様大名として主に僻地に配置されてしまいました。簡単に言うと、信用できる人を傍に置いていたんですね。

有能将軍!徳川家光

2代目・徳川秀忠の次は3代目・徳川家光が将軍の座につきます。参勤交代で有名な将軍ですね。参勤交代は記述問題でもよく出るので注意です。この制度が出来てから、大名は1年おきに江戸と領地を往復することになりました。大名にとっては金銭的に辛い制度です。
そして参勤交代の4年後には、オランダ・中国の2つの国のみと貿易をするようになり、ポルトガル船の来航を禁止しました。鎖国(1639年)ですね。鎖国をした理由は色々ありますが、「キリスト教の布教を防ぐため」という理由が最も有名でしょう。(他にも大名の経済力を削ぐなどの理由があります)
ところで、キリスト教が広まると何が悪いのでしょうか。例えば国内で宗教的な対立が起こって混乱してしまいますね。他にも、キリスト教の布教によって植民地にされてしまうなどの懸念があったために、鎖国をしたのです。ここでまた疑問が出てきます。何故ポルトガルが入国禁止でオランダが入国OKだったのか、不思議に思いませんか?それはオランダが「積極的にキリスト教を広めようとする派」では無かったためです。キリスト教にもプロテスタントやカトリックなど、派閥がありましたので・・・ややこしいですね。余談ですが、島原の乱(1637年)が起こったのもこの時期です。鎖国の2年前です。
家光が行った政策は数多くありますが、江戸幕府にとって大事な制度を確立させた有能な将軍でした。

まとめ

いかがでしたでしょうか?疑問点が残っていると暗記しにくいですが、理由がわかると勉強もはかどるものです。江戸幕府の重要事項は数多くあるので、少しずつ覚えていきましょう!