冷戦でマーシャル・プランに対抗したコメコン|政治経済勉強法

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マーシャル・プランへの対抗

 1948年にアメリカがマーシャル・プランを発表しましたが、これが西側陣営のためのものであるのは明らかでした。戦争で荒廃したのは東ヨーロッパも同様で、これを復興しなければならなかったことは変わりありませんでした。ここでソビエト連邦が何もしなければ、東ヨーロッパ諸国もアメリカの経済支援を受けて、西側の一員になってしまう、というおそれがありました。そこでソビエト連邦としては、対抗して経済援助を立案しなければならなかったのです。

 1949年にソビエト連邦は、東側陣営諸国を対象として経済相互援助会議(Council for Mutual Economic Assistance)を設立しました。もちろんこの英語名は西側からの呼び方です。この頭文字を取って、略称をCOMECON、コメコンとしたのでした。

 

【シリーズ冷戦】については、以下からもどうぞ!

【シリーズ冷戦】 (1)ヤルタ会談

【シリーズ冷戦】 (2)ドイツ分割

【シリーズ冷戦】 (3)トルーマン・ドクトリン

【シリーズ冷戦】 (4)マーシャル・プラン

【シリーズ冷戦】 (5)コメコン

【シリーズ冷戦】 (6)ワルシャワ条約機構

【シリーズ冷戦】 (7)NATO

【シリーズ冷戦】 (8)鉄のカーテン演説

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