蒙古襲来は神風で勝利した?簡単に解説してみた|日本史勉強法

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文永の役(1274)と弘安の役(1181)の2度に渡る元寇に日本が勝てた理由はなんでしょうか?

古くから信じられているのが「神風」です。

蒙古襲来の際、折しも2度とも暴風雨が博多湾を襲い、元軍の船団を沈没・全滅させてしまったというものです。

蒙古襲来に際して、亀山上皇をはじめとする公家・寺社は元軍の退散を神仏に願い祈祷しました。
 
福岡市の筥崎宮には、当時掲げられた「敵國降伏」の額が今でもあります。
 
この時の暴風雨を神風と呼び、我が国は神々に守られているという神国思想が生まれました。

しかし、当時の文献や蒙古襲来の季節などから、元軍に大打撃を与えるような暴風雨が本当に吹き荒れたのか、疑問を持つ研究者もいます。

当時現場に雨が降ったのは確かですが、それが暴風雨だったとしても、それだけが元軍を敗退させた理由ではありません。

竹崎季長の『蒙古襲来絵詞』に代表されるように、実際に戦った武士たちは恩賞をもらうため、自分たちの奮戦こそが元軍を敗退させたと主張しました。

実際に文永の役の後には、博多湾に石塁を築き、武士は防戦に努めました。

モンゴル軍に目を移すと、元軍は元が征服した諸国の住民からなる多民族混成軍でした。統一的な指揮がとれたのか疑われます。

また、草原に住むモンゴル人はもともと海戦の経験がありませんでした。

執権の北条時宗をはじめとする鎌倉幕府の剛毅果断な対処も効果があったと考えられます。

元軍の敗退は、上記の原因が複合的に作用したものといえるでしょう。

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