四公六民と五公五民の違いとは?意味を説明!|日本史勉強法

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江戸時代の年貢制度について勉強していると、「四公六民の制度を採用」「五公五民の制度を採用」といった説明が出てくると思います。

四公六民や五公五民などの江戸時代の年貢制度については、私大の記述式やマーク試験、さらにはセンター試験で頻出のテーマとなっているので、しっかりと意味を理解しておきましょう。

まず、「四公六民」という漢字に注目してみましょう。

日本史で「公」の字が出てきたら、それは政府や幕府など、政治を実際に行って民衆を支配する側のことを指す、と覚えておきましょう。

当然、「民」は農民たちのことですね。

当時は村請制といって、一つの村を「領主」と呼ばれるリーダーがまとめ、その中の農民たちが生産した米を回収して、幕府に租税として納めていました。

その際、全体の生産高のうち、4割が領主の取り分、残りの6割が農民たちの取り分となるわけです。

 

五公五民という場合も同じで、半分を領主が取り、残り半分は農民がとる、ということですね。

 

つまり、農民が作ったお米の4割は租税として回収され、残り6割は自分たちのものになる、これが四公六民の制度です。

これさえ覚えておけば、江戸時代の年貢のしくみの設問は大丈夫でしょう。

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