これだけで安心!摂関政治時代の天皇とその時の藤原氏のまとめ

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藤原良房~藤原頼通までの時代を天皇中心に見ていきます。

 

①仁明天皇・文徳天皇・清和天皇

仁明・文徳・清和天皇時代に活躍したのが藤原良房です。

858年・・・清和天皇の即位とともに藤原良房実質的に摂政に就任します。

866年・・・応天門の変の際に正式に摂政に就任(清和天皇)

藤原良房が摂政に就任したのが、清和天皇の治世であったこと、また正式に摂政に就任したのが応天門の変時であったことを覚えておきましょう。

 

②清和天皇・陽成天皇・光孝天皇・宇多天皇

清和・陽成・光孝・宇多天皇時代に権勢を奮ったのが藤原基経です。

884年・・・光孝天皇の即位とともに事実上の関白に就任

887年・・・正式に関白に就任(宇多天皇

887年~888年・・・阿衡の紛議

事実上の関白就任時の天皇が光孝天皇であったこと、正式な関白就任は阿衡の紛議とセットで宇多天皇の治世であったことを頭に入れておきましょう。

 

③宇多天皇・醍醐天皇

宇多・醍醐天皇の時代の藤原氏は藤原時平です。

901年・・・菅原道真左遷

藤原氏と外戚関係のなかった宇多天皇、藤原氏との関係が比較的弱かった醍醐天皇の下で藤原氏の力は良房、基経の時代ほど奮いませんでした。特に醍醐天皇は、延喜荘園整理令の発布、『三代実録』『延喜格式』『古今和歌集』など、律令政治の復興を図り、後に延喜の治として高く評価されることになります。 

④村上天皇

村上天皇の時代の藤原氏は影が薄いです。村上天皇は、醍醐天皇の皇子で天皇親政を行いました(天暦の治)。父の醍醐天皇の治世と合わせて延喜・天暦の治と呼ばれます。延喜・天暦の治は藤原氏を排して天皇親政が行われたことから、非常に重要ですので、しっかりと覚えましょう。但し、醍醐天皇→朱雀天皇→村上天皇の順で天皇が交代していますので、延喜・天暦の治であるから、醍醐天皇→村上天皇の順で天皇位が推移したと勘違いしないよう注意してください。

⑤一条天皇・三条天皇・後一条天皇

村上天皇の時代から少し時代は下りますが(村上天皇以後~一条天皇までの期間はそこまで重要度が高くありません)、一条・三条・後一条時代に活躍したのが有名な藤原道長です。天皇の数字の1、3、1となっていますので、比較的覚えやすいかと思います。

⑥後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇

後一条・後朱雀・後冷泉天皇の時代は藤原頼通の時代です。全ての天皇に「後」が付いておりますので、その点に注意して覚えましょう。

 

藤原良房と清和天皇のセット藤原基経と光孝・宇多天皇のセットを頭に入れ、醍醐・村上天皇時代は延喜・天暦の治と呼ばれ、摂関家の力が排されていたこと、摂関政治全盛期の藤原道長・頼通時代は、天皇の名前と順番に注意して覚えていきましょう。

(問)藤原氏と天皇家との関係に関する記述として正しいのはどれか次の①~④から1つ選べ。

 

①藤原良房が正式に摂政に就任した時の天皇は文徳天皇である。

②藤原基経が正式に関白に就任した時の天皇は光孝天皇である。

③醍醐天皇の治世は天皇親政が行われ、天暦の治として後の政治の模範となった。

④藤原道長は、一条・三条・後一条天皇の下で権力を奮った。

 

(答え)

 

(確認)

藤原良房正式に摂政に就任した時の天皇は清和天皇です。

藤原基経正式に関白に就任した時の天皇は宇多天皇です(阿衡の紛議を思い出しましょう)。

醍醐天皇の治世は、「延喜の治」と呼ばれました。

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