豊臣秀吉はキリスト教をなぜ禁止したのか説明!|日本史勉強法

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豊臣秀吉はキリスト教が広がることを恐れていました。キリスト教が広がると何か都合が悪いことでもあったのでしょうか?

今回はその辺を中心に、豊臣秀吉とキリスト教の関係を見ていきましょう!

バテレン追放令

戦国時代にはあの有名なフランシスコ・ザビエルをはじめ、イエズス会からたくさんの宣教師が日本に来て宣教していました
織田信長は彼らを歓迎していたけど、豊臣秀吉は宣教師を追放してしまいました。バテレンっていうのは宣教師って意味!

なぜ?

それは、キリスト教に改宗した九州の大名が、秀吉の許可を得ずに勝手に長崎をイエズス会にあげようとしていたからです。
秀吉はキリスト教が広がることで日本全体が長崎のようにイエズス会や外国に植民地化されることを恐れて、宣教師を追放しました。
しかし、秀吉は外国との貿易は重視していたから宣教師追放後も海外貿易は続けていました…

ってことは…?

結局、貿易を通してキリスト教がまた日本に入ってきてしまったってことになります。

状況はあまり変わらず、キリスト教は引き続き日本に入ってきたってわけです!

このことを教訓に!

中途半端は良くありませんね。
みんなもこの秀吉の政策を教訓にして、中途半端な勉強はしないようにしましょう!

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