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2018/11/09公開

岩倉使節団ってなにしたの?わかりやすく解説します♪

1.「岩倉使節団とは?」

簡単に説明すると、当時日本より欧米の方が文化、政治、軍事力とどの分野でも上だったんです。それを、見に行こう!

 

良いところは盗んで日本に持ってこよう!

そして、不平等条約も改正してもらっちゃおうよ!

 

と言うのが岩倉使節団です。

10ヶ月半の予定でしたが、1年10ヶ月も帰ってきませんでした。明治政府も相当焦ったそうで、中には不慮の事故で

もう戻ってこないのではないかという人達もいたそうですよ(笑)

それほど、新明治政府にとっては重要なポストの人間を派遣してましたし、またメンバーから見てもとっても期待されて

いたのがわかります。では、そのメンバーや目的、成果をわかりやすくまとめてみましょう!

 

2.「岩倉使節団のメンバーって誰?」

さて、この岩倉使節団は上述もしたとおり、とっても国からの期待を背負って行きました。ですので、メンバーも超豪華です。

 

それでは、国からの高い期待を受けて選ばれた栄えある使節団のメンバーを発表します!

 

特命全権大使:岩倉具視(右大臣、公家出身)

副     使:木戸孝允(参議、長州藩出身)

副     使:大久保利通(大蔵卿、薩摩藩出身)

副     使:伊藤博文(工部大輔、長州藩出身)

副     使:山口尚芳(外務省輔、備前藩出身)

 

いかがでしょうか!?このそうそうたるメンバー!!倒幕から新政府運営においてとても重責を担った有名人ばかりですね!

一般的には、この大使と副使を使節と呼びます。この他にも同行したメンバーもいますが、上の5人だけで十分です。

逆に言うと、この辺はみんな知ってますから、知らなかった人は早く覚えて下さい。

もうひとりだけ上げるなら、田中光顕(戸籍頭、土佐藩出身)くらいですかね。

 

ちょっと脱線しますのでここは読まずに下の3へ行ってもいいですよ(笑)

さて、上のメンバーを見てちょっと気づくことはありませんか・・・?

 

それは・・・

 

出身した藩が、固まっているということなんです。明治新政府は、重役を倒幕に貢献した者達、とりわけ倒幕を推進した諸藩から選ばれています。具体的に名前を出すと、長州藩、薩摩藩、土佐藩、と備前藩。大体このへんから選ばれています。

 

決めたのはその人達だから当然ですよね!もちろん旧幕臣も多く在籍していますが、その人達も、幕府にいながら倒幕よりの考えを持った人たちが多いです。

 

でもこれって、頭が変わっただけで江戸幕府の頃と何が違うんでしょう?少し外国に対して興味を持った?近代化を図るために倒幕は必要だったから?

基本的に日本史というのは、必ず繰り返しているんです。そのとき実権を握っているのが幕府だったり、天皇であったりとかの違いと、その時の役職名前が少し変わること、文化、政策、体外政策あたりが時代によって変わるだけで、根本的な仕組みは変わっていないんです。

これでは、意味が無く結局はいつかまた打倒新政府を掲げて発起する人達がいるかわかりませんよね?

 

そういうのをやめないか!?ってずっと言ってた人がいます。

それが坂本龍馬や勝海舟なんです。龍馬は倒幕を見ずに暗殺されしまいます。いまだに犯人はわかっていませんが、どうやらこの辺の思想が新政府には邪魔だったみたいですよ。

新政府になってから自分たちで舵取りをしようと思っていた薩長ですから、龍馬は目の上のたんこぶなわけですよね?怪しくないですか?(笑)

 

言ってしまえば幕府も、新明治政府も独裁政治です。ばりばりの(笑)

それを民主主義にしようよ!って言ってたのが龍馬や海舟で、板垣退助らの自由民権運動などにも影響されていくわけです。

もっとも、自由民権運動には、倒幕された側や、政治で負けた人たちも混ざっていたのでそのパワーはすごかったんですよね。

 

結局その人達の民意を大切にしようと言う考え方は今でも日本のベースとして残っています。

戻ります。長々と書いてますが、これは歴史に興味をもってほしいだけなので、スルーでもかまいません(笑)

 

3.「使節団の目的」

大きく2つあります。

 

1.不平等条約の改正に向けた再度のお願いというか、確認です。

これは幕末期に結ばれた欧州諸国との不平等条約を改正し、独立国家日本となるためにはとっても大事なことでした。しかし、最初の米国との交渉では全く相手にされていません。そこで、粘り強く交渉していくことが重要な課題になったわけです。

 

2.欧米諸国の国家制度や憲法、産業や工業などの技術、軍事などを視察し、自国に取り入れるとういこと

新しい国造り、強い日本を目指していた政府にとってはこれも非常に重要な課題でした。それを、今までのように国内だけで争うのではなくて、外国から良いところを学んじゃおう!というのが第二の目的です。

 

4.「使節団の成果」

これは大きく分けて3つあります。

 

1.日本に西洋の経済学、法学、科学技術の種をもたらし、それを植えたこと

2.憲法の制定、国会の開設、貴族院・衆議院を作ったこと

3.感情的で勢いだけの議論をやめて、建設的、論理的に議論ができるように秩序改革が進んでいったこと

 

この3つが大きな成果として挙げられています。

とりわけ、2の憲法制定にはとても大きく貢献しました。

反対に、大きく失敗したのが、不平等条約の改正のための準備交渉です。

理由はいくつかありますが、有力なものとしてキリスト教を日本国がよく思っていなかったためとか、五榜の掲示があったためなどと言われています。

要するに、日本もここはいいけどこれはだめ!っていう条件の落とし所が欧米と噛み合わなかったんですね。

 

さて、いかがでしたでしょうか?このように、新政府の大きな役割は日暖を強くすることでした。内政も外交も、軍事力においても強くなろうということです!

結果的に何かを真似して独自に技術を上げていける日本人は大きく国力が上がっていきます。

 

しかし、残念ながらそれが二度の世界大戦にもつながっていってしまいます。

 

このはなしはまたどこかで。

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