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通信使とは?意味を分かりやすく説明してみた|日本史勉強法

1598年の豊臣秀吉の死により終わった朝鮮侵略の後も、しばらくは日本と朝鮮は戦争状態にありました。

 

江戸幕府は対馬の宗氏に朝鮮との国交回復交渉を行わせ、

1605年に講和が成立、

1607年に朝鮮使節が来日しました。

1609年に宗氏と朝鮮は己酉条約を結び、日本からの使者は将軍と宗氏のみ、

対馬からの歳遣船は年20隻、そして、貿易は釜山(プサン)の倭館で行われることが定められました。

1607年以後、通信使は将軍の代替わりごとに来日し、第11代家斉まで12回やってきました。

通信使の「通信」とは、日本と朝鮮の「信を通ず」という意味です。

通信使は今日風にいえば友好使節団といったところでしょう。

鎖国にあった日本にとって、十数年に一回の割合ですが、長崎の出島以外に来られる通信使は貴重な外国使節で、

通信使の来日の際には儒学者などが交わりました。